私が忘れた「娘」とは

不思議な夢を見た。

夢といっても、完全に寝入った状態で映像的なものを見ていたわけでもなく、その映像の中に身を置いていたわけでもない。ただ、ある思考が浮かんだだけだった。しかし、夢だと認識したのは、それがあまりにも現実離れした思考ゆえ。私は、うとうとしながら、こう思ったのだ。


「そういえば、息子と娘どうしてるかな? あれ、息子のことは覚えてるのに、娘のことは何も覚えていない? 完全に忘れている。え、なんで!?」


私は、「自分の子どものことを忘れている」ということに驚き、起きてしまった。そして、目が覚めると、今度は、そんな思考をしたことに驚いた。なぜなら、私には子はいないからだ。それどころか、女性との性経験もない(もちろん、性行為なくとも子を持つことはできるけれど、そんな選択肢を選ぼうと考えたこともない)。


私をよく知らない人のために書いておくと、私は、小学4年のときに同じクラスの男子に恋をして以来、好きになるのはずっと男子/男性のオープンリーゲイ。


しかも、ゲイでも子どもが欲しいという人は結構いるが、私はそんな風に思ったことはほとんどない。


不思議な夢を見たもんだ...。そう思いながら、ツイッターのゲイ向けのサブアカウント(ゲイ向け鍵付きアカウントで、大したことない日常的なことを主につぶやいている)に、その夢について書いてみた。


すると友人が、性的な夢の隠喩では?とコメントをくれた。なるほど、確かに「息子」は男性器を指す言葉としても使われるし...ありえそうだ。そのレスをきっかけに何かの隠喩?換喩?などと考えてみた。すると、「あ、もしかして」と、自分なりに合点のいく解釈に至った。


その夢で頭に浮かんだ息子、娘は、自分自身ではないだろうか。


私は、幼い頃からとてもおとなしくて人見知りで、かつ、「女の子っぽい」仕草、言葉づかいの子だった。小学生の頃は、「おかま」と揶揄され、中学でも「女の子っぽさ」や、女子生徒と仲が良いことをからかわれた。それが長い間、コンプレックスだった。


「男の子」という性自認が揺れることはなかったし、衣服等を「女の子」が着けるものを身につけたいと思ったこともないが、そんなコンプレックスを抱いていた私は、どこかで「女の子」的なもの(と見られるもの)をできるだけ出さないようにと思うようになった(とはいえ、それは今に至るまでなくなってはないのだが)。両親が、私があまり「男の子らしく」ないことを好ましく思っていないことも、敏感に感じとっていた。


そんな中、自分が抑圧してきた「女の子」的な面が「娘のことを覚えていない」として現れたのではないか、と。比較的「自分の好きなもの」は「好き」と言える私だけれど、きっと「女の子」的とみられることを恐れて何かをどこかに置いてきた。


幼稚園生の頃、親が買ったステレオについていた「トッカータとフーガ」のレコードがついていて、親の留守中に、その曲に合わせて踊っていたこと(今や踊ることは「女の子」的なものでもないかもしれないけど)、小学3年生の頃に、女子にはゴム跳び、男子にはビー玉が流行ったけど(時代感!)、ゴム跳びのほうがいいなー、と思ってみていたこと、小学6年生のときに、家庭科で習った刺繍がとても好きだったこと...


一方で、男の子が好きというイメージの強い昆虫にもとても関心があったし、小学高学年から中学に科学に興味があって、あまり理解もできず難しい本を読んでいたけれど。そんな自分を振り返りつつ、やっぱり、好きなもの、趣味、関心ごとを性別と結びつけるのは変な話だよな、と改めて思う。


それにしても…夢というのは本当に不思議なものだ。自分が見ているのに、自分とは思えない発想をする自分が出てきたりもする。そういう夢を見るたびに、やはり自分という存在は、統一された一人の人、ではないなぁ、と思う。いろんな言葉、考えが入り込み、いろんな人物のような存在がある。


最近は、LGBTのことも含め多様な人々がおり、その多様さが受け入れられるために、ということを社会的なテーマとして掲げられることが増えてきたが、実は、自分自身そのものも多様なんだよなぁ、と。


それが自分の中の葛藤を生んだり、問題を生じさせたりすることもあるかもしれないけれど、その自分を前提にすると、とりあえず、そうした葛藤や問題に引きずり倒されることは少なくなるのではないか、と思っている。

GRADi

GrassRoots Actions for Diversity オープンリーゲイの文化人類学者 砂川秀樹